2009年5月30日土曜日

Vintage Guitar HAIDA No.350


謎の国産ヴィンテージギターを入手した。アーチップでFホール式の、いわゆるピックギターである。ラベルには、KASUGA MUSICAL INSTRUMENT MFG Co.,LTD NAGOYA JAPAN の表記があるので、春日楽器による自社ブランド製品だったのかもしれない。おそらく1950年代〜60年代にかけてつくられたギターだと思われる。

届いたギターには、ナットとブリッジが付いておらず、長年の汚れで全体的に色がくすんでいた。不良品として捨てられてもおかしくないような状態である。ただ、木は乾燥しきって非常に軽かったので、いかにも枯れたサウンドがしそうな風情だった。

ピックガードを外してみると、表板のもともとの艶が残っていたので、ギター全体の汚れを落としてから、液体コンパウンド(メディコムのキングブライトを使用)でバフがけをすると、本来の艶がもどってきた。トップにはウェザーチェックが全体に入っていて何とも渋い感じ。

リペア初日は、ボディをひたすら磨き続けて終了。セルロイドのピックガードもピカピカになった。

リペアの第二工程は、ナットの削りだしに時間を費やした。写真からもわかるように、このギター、何故かナット部分が二段構造になっており、通常の二倍は手間がかかりそうである。考えた挙句、ネックのえぐれた部分にクラシックギター用のサドルを成形してはめ込み、ナットは単独で成形することにした。サドルとナットはおなじ牛骨素材のものを使用。

ナットの成形作業は、今回で二回目なのだが、かなり根気のいる地味な仕事である。小型の万力にナットを固定し、鉛筆のあたりに沿ってちょうど良い長さに切断。その後は、ナットらしいなだらかなカーブを削りだしで地道に成形していく作業が待っている。
この作業に約二日間を費やした。

最後の工程は、ブリッジの調整。本来なら、ブリッジのセッティングを先にしたほうが作業はしやすいのだが、ブリッジの調達に時間がかかってしまい順序が逆になってしまった。
ネックに反りがあったため、アジャスタブル式で尚かつ弦高が低めのブリッジを使用した。

さて、これからがリペアの詰め所、オクターブ調整である。ナットの角度をすこし変えただけでもピッチに大きな影響を及ぼすため、作業には細心の注意が必要となる。まずはブリッジを、Fホールの真ん中位置に固定し、弾きやすい高さまで弦高を調整する。次に、オクターブの合わない弦のナットを削って角度を調整していく。ナットの溝を掘りすぎるとビビリが出てしまうため、ダイヤモンドヤスリで少しずつ削っていく。

途中、オクターブピッチがどうしても合わなくて、何度か挫折しそうになりつつ、休憩時間をとってから気分を変えて再度調整。これを数十回くり返して、どうにか演奏ができるレベルまで到達することができた。楽器というものは面白いもので、調整しても弾かないで放っておくと、どこかがおかしくなるもの。反対に、ピッチが安定しなかったこのギターも、長い時間弾いていたら次第にオクターブが合ってくるのだから、不思議なものである。

参考までにこれまでかかった費用概算。
ギター本体 7,550円
(以下、リペアパーツ代)
牛骨サドル 420円
牛骨ナット 420円
ブリッジ  2,980円

同じ修理を依頼すればおそらく数万円はかかるので、普通なら捨てられた挙句に燃やされる運命だったに違いない。こういう古い楽器を蘇生させるのも趣味として悪くないかもしれない。

2009年5月25日月曜日

Gibson L-4(1948年製)

Gibson L-4 のキーワードでWEBを検索していたら、どこかで見覚えのあるギターに出くわした。
もう既に販売済みのマークのついたそのギターは、1948年製の Gibson L-4 Fホールで、ギター表板の傷の付き方から、自分が以前所有していたギターであることが判明した。

このギターとの出会いは、今から3年ほど前にさかのぼる。千葉在住のブルースギタリストから譲っていただいたもので、錦糸町の「すみだトリフォニーホール」の前で受け取ったのが、何を隠そうこのギターだった。

ケースが無かったので、お茶の水で途中下車してギグバッグを買っていったのを憶えている。
ギターは、長年の使用と経年変化でラッカー塗装は剥がれ落ちており、高級品である L-4 の面影は残っていなかったが、ブルージーな鳴りに惹かれ、その場で商談は成立した。

持ち帰ったギターは、行きつけの酒場に偶然いたプロミュージシャンの目にとまり、その場で即興のライブが繰り広げられたのだが、そうした偶然も、今思えばこのギターが持っている不思議な力が引き寄せたものだろう。

譲ってくれたギタリストから聞いた話によると、何とこのL-4は、あのオールマン・ブラザーズのグレッグ・オールマンが来日した際に、サウンドチェックを受けたことがあるものだという。後日、グレッグ本人がこのギターを抱えている写真をメールで送ってもらったから、本当の話である。

このギターはしばらくの間、自分の愛用ギターとしてライブや練習用に使っていたが、経済的な理由で、泣く泣く手放してしまったという苦い思い出がある。

偶然というものは重なるもので、このギターを販売していたショップは、先月入手した1917年製の Gibson L-4 を買った場所と、おなじ店だった。このショップは本厚木にある店で、自分が行ったのはその時が初めてである。その経緯は4月9日のブログに書いたとおりだ。

果たして、今はどこで誰の手に渡っているのだろうか。

2009年5月24日日曜日

Gibson J-45(Style 1962)

Gibson の1962 J-45モデル(1998年製)。このギターは、当時、ギブソンの総輸入元だった山野楽器が限定で発売したもので、ラベルには1962 J-45 TN Reissue とタイピングされている。

(以前から1962年製の J-45 を探していたのだが、この年代の J-45 は、値段が高騰してしまって、とてもではないが手が出るような代物ではない)

てっきり、1962年製の復刻だと思いきや、ギターの仕様そのものは、1947年〜1949年頃の形式なのだそうだ。どうやら、あるアーティストが使っている J-45 風に仕様変更して限定販売したモデルというのが真相のようだ。

届いたギターには、Gibson ロゴの入った Grover 製の金属ペグが取り付けらていたので、1940年代仕様にすべく、クルーソンタイプの3連ペグ(GOTOH)に交換した。ショップの人曰く、クルーソンの復刻品より精度が高いそうだ。

ギターのトップには、全体にレザークラックが入っており、ピッキングの擦り傷と合わせて、既にヴィンテージの風格が感じられる。内部にはピエゾPUが後からインストールされており、コレクションとしてではなく、ずっと使われてきたことを物語っている。(コレクターが使わずに保管していたギターは、木が共鳴せずにまったく鳴らない個体があるので注意が必要だ)

ペグを交換して弦を新品に張り替えてギターを弾いてみると、ドレッドノート特有の6弦すべてが厚い倍音になって響いてくるようなが音がした。Fホールを除くと、12フレットジョイントの L-4 や、L-00タイプの小ぶりなギター、そして YAMAHA のDynamic Guitar という、ちょっと変わったギターばかり使ってきた自分にとって、ドレッドノートの J-45 の音は予想した通りあまり馴染めない音だった。

しかし、様々な弾き方を試しているうちに、微妙なストロークやピッキングで音の表情が豊かに表現できる J-45 の良さがだんだんわかってきた。ブルースなどの刻みやフィンガーピッキングでは、粒立ちのない平面的な音に聴こえるが、ピックでコードを弾いていると “ウォールサウンド” のような厚みが何とも気持ち良いのである。

パーラーサイズが既に自分の体に馴染んでしまっているので、ドレッドノートのギターが今後増えることはないだろう。できれば、大振りなギターはこの一本で打ち止めにしたいところだ。

2009年5月19日火曜日

Girls in the Director's Chair

日曜日に、早稲田松竹の「ガールズ・イン・ザ・ディレクターズ・チェア」という特集を観てきた。1本は、マドンナの初監督作品「FILTH AND WISDOM」(邦題:ワンダーラスト)、もう一本がゾエ・カサヴェテスのやはり初監督作品「BROKEN ENGLISH」。

「ブロークン・イングリッシュ」については、昨年このブログで書いたとおり、ここ数年観たなかで最も気に入っている映画だ。昨年、ロードショーで観て以来、映画館で観るのは今回で3回目になるが、毎回感動するシーンが違うのは、自分のせいなのだろうか?

今週の金曜日までやっているので、まだ観てない方は是非、映画館で観てほしいと思う。30代以上の独身者なら男女を問わずおすすめの映画だ。

もう一本の「ワンダーラスト」(この邦題、なんとかならないだろうか)は、マドンナの自伝的映画だと思っていたが、まったく違うものだった。ちなみに、キャッチコピーは「これがマドンナの墜落論」だがこのコピーもいただけない。

舞台はロンドンの片隅。ウクライナ移民の詩人兼ミュージシャンと、バレエダンサーを目指す20代女性、そしてアフリカの貧しい子供たちを救う夢をもった中性的な30代前後の女性。この三人の“夢と現実”を、コインの表裏に喩えたのが原題の「FILTH AND WISDOM」、すなわち「墜落と賢明」である。

主人公は、マドンナが惚れ込んだカリスマ的人気を誇るミュージシャン、ユージン・ハッツ。映画の主人公 AK の生き方を地でいく個性豊かなタレント(才人)である。マドンナは、ユージンに対しては演技指導をほとんどせず、スケジュールから演技までほとんどすべてを開放したという。脚本クレジットにはマドンナとダン・ケイダンの名前があるが、ストーリーそのものは、ユージン・ハッツとマドンナの人生をミックスしてできたものと解釈するべきだろう。

この映画に限っていえば、マドンナの名前は映画のプロモーションにはむしろ逆効果だったのではないだろうか。H&MのCMをマドンナが演出したことが、この映画製作のきっかけになったそうだが、脇を固めるスタッフ陣の顔ぶれを見れば、マドンナの名前を出すまでもなく、カルトムービーとして成功する要素は充分揃っていると思えるからだ。

良くも悪くも、この映画はユージン・ハッツのための映画であり、ウクライナ出身のトリックスターが本物のカリスマへと変貌を遂げていく瞬間を映画化したものだ。今では、あの GUCCI が彼をイメージして、2008年秋冬コレクションをデザインしたと公言するほどのカリスマに成長したユージンは、役を演じる意識すらまったくなかったそうで、80年代の文化的アイコンであるマドンナが目をつけたのもある意味で納得がいく。

古くは、1940年代のキャブ・キャロウェイ、比較的最近なら1980年代のキッド・クレオールといった道化師をやや小粒にしたようなユージン・ハッツだが、男爵がエスプリの利いたパンクを唄っているようなイメージが新鮮だ。自国が政治的な問題を抱えている移民たちばかりで結成したという多国籍バンドから伝わってくる、雑多なヴァイブレーションも含め、ボーダーミックスな新しいカルチャーを予感させる。ボーダーレスではなく、国境を引きずっているからこそ面白いのだ。

2009年5月15日金曜日

Pattie Boyd "Wonderful Tonight"

仕事の帰りに、新宿の Tower Records に寄ったら、気になる本が2冊あったので、買ってきた。一冊が、George Harrison と Eric Clapton の元奥さんである Pattie Boyd の自伝。もう一冊が、TASCHEN から出ているポラロイドの写真集、Polaroyd Book。これを打っていて気がついたのだけど、両方とも頭文字が PB である!(まったくの偶然だけど、ブログを書いていると、こういう細かなことに気がついて面白い)

パティのことをはじめて知ったのは、自分が中学生のころで、当時は日本でもジョージ・ハリスンとエリック・クラプトンとの三角関係を取りあげたゴシップ記事が雑誌に載っていたのを憶えている。

ビートルズ初の主演映画「A Hard Day's Night」にハイスクールガール役で出演したのが縁で、ジョージと結ばれたものの、わずか数年でジョージの親友、エリック・クラプトンと恋仲になり、ジョージとの別居生活を経て離婚。その後は、エリックと結ばれるという、実にスキャンダラスな人生を歩んだ。

最近、日本でも1960年代ファッションが注目されはじめて、ふたたびモデル時代のパティにスポットが当てられているが、最近のパティは不動産業を営む実業家と再々婚し、華やかな生活からはなれた家庭的な人生を送っているようだ。

二人のミュージシャンを翻弄した、魔性の女の代名詞のように語られることの多いパティだが、翻弄され続けたのはパティも同様だったようで、ふとしたきっかけからエンターティンメントの世界に飛び込んでしまったものの、元々は家族を愛する家庭的な性格の持ち主だったようだ。

いずれにせよ、存在そのものが周囲が放っておかない強いオーラを発していたのは事実のようで、きっと、天性の才能があったのだろう。

こんな女性が近くにいたら、あなたならどうしますか?

2009年5月12日火曜日

Humming Kitchen "Strange Tomatoes"

ハミングキッチン「ストレンジトマト」
daisyworld discs COCP-35383

ハミングキッチンの3rd.アルバムが4/29に発売された。細野晴臣さんのレーベル、daisyworld からのリリースで、コロンビアミュージックエンタティンメントが発売元となっている。

何を隠そう、2004年に彼等の1st.アルバムを monophonica records から発売してから、早いもので5年の歳月が経とうとしている。5年前の今頃といえば、6月の全国発売を前にしてWEBサイトの制作から、宣伝活動でラジオ局やCDショップなどを飛びまわっていたのを、ついこの間の出来事のように思い出す。

すべて初めての経験ながら、音源制作からCDプレスという行程を経て、無事に全国発売まで漕ぎ着けたものの、その"航海"は生易しいものではなかった。
WEBサイト運営、A&R、セールス・プロモーション、受発注管理といった業務に追われるばかりで、もっとも必要な宣伝活動が思うように運ばなかったのである。

その後、彼等は名前を「ハルモニア」から「ハミングキッチン」へと改名して、活動の場をどんどん広げていった。自分は音楽業界から一旦身を引いて、本業である広告業界にもどり、いくつかの大きなプロジェクトにも携わった。"航海"は別々の船に別れはしたが、それぞれの旅は今も続いているのだ。

GW真っただ中の先週、銀座山野楽器に立ち寄ってみると、彼等の新譜が置いてあったので一枚買ってきた。前半は、ハミングキッチンらしい曲で進んでいくが、後半は今までのイメージとかけ離れた楽曲が続いて意表をつかれた。ポップな曲でグイグイと引っ張っていくのかと思いきや、"しずけさ"すら感じさせる大人っぽい曲が後半を占めている。"ほのぼの"とした空気感から抜けだした、愁いのような気配がサウンドから伝わってくる。

雑誌やラジオ、WEBサイトで彼等の名前もよく目にするようになった。周囲からの期待も以前とは比較できないほど高まっていることだろう。ハミングキッチンの更なる飛躍に期待したい。

Gibson L-00 30'S Style(Rider by Headway RYG)

1930年代の Gibson L-00 モデルをイメージしたレプリカを製作した。元になっているのは、Rider by Headway RYG というギター。

1999年製の Gibson L-00 をかつて使っていたが、ブリッジの強度が弱く、一回リペアしてもらったものの、ふたたび同じ症状がでたので、手放してしまったという苦い経験がある。
ヴィンテージ・リイシューモデルで使われている太いスクリプトロゴと、Glover 製のゴツい金属ペグも雰囲気からすると今一歩だった。

L-00 なら、やはりクルーソンタイプのペグと、1930年代特有の細くて白いスクリプトロゴでなくては。ボディサイドの厚みも30年代のものは薄いのによく鳴るのに対し、1999年製は肉厚すぎて、どうもしっくりこなかった。

さて、話をこのギターに戻すと、音のほうは L-00 らしいワイルドさは感じられないものの、1〜3弦の高音部に透明感を感じさせる響きが印象的だ。ボディは非常に軽くて、オクターブも正確である。

2009年5月11日月曜日

Mark-Almond "To The Heart"

仕事の帰りに新宿を歩いていると、中古レコード屋さんの店頭で、アナログ盤が100円均一で売られていたので、試しに箱を物色してみた。

ブルーグラス、ロック、ポップス、ニューミュージックなど、ジャンルはバラバラだったが、昔持っていたレコードがいくつかあったので、懐かしい気分に浸りながらレコードをめくっていくと、何と!ここ十数年ものあいだ、ずっと探し続けていた掘り出し物が出てきた。
マーク=アーモンドの "To The Heart" である。

このアルバムとの出会いは、かれこれ30年前になろうか...。New York State of Mind から始まるメドレーで構成されたA面から、哀愁の漂うフルートと美しいヴァイオリンが比類のないアンサンブルを奏でる名曲、One More For The Road が収められたB面まで、トータルコンセプトで綴られたこの作品は、ジャズ、フォーク、ロック、クラシックといった様々なエッセンスが交錯する類い稀な名盤である。

擦り切れるほど聴いたこのレコードは、同級生に貸したまま行方不明となり、以来30年以上に渡ってCD化されることもなく、幻の名盤として脳裏に焼きついていた。そのアルバムが、まさか段ボールからひょっこり出て来るとは...。思わず「お〜っ」と唸ってしまった。

アナログレコードとプレーヤーを処分して以来、ヴィニール盤とは縁のない生活を送ってきたが、今年になって Victor QL-Y44F というターンテーブルを手に入れてから、ふたたびアナログを聴くようになった。ジャズや一部のロックを除けば、アナログ盤は超安値で手に入るのが嬉しい。未だにCD化されてない音源を、気長に探して歩くのも楽しいものだ。

幻のアルバムと出会った喜びで、一気に20枚も買い込んでしまった。右の写真は、1950年代の C&Wレーベル、Bear Family Records の10枚組ボックスセット。
これら全て合わせてもたったの 2,000円。手放す方の気持ちを考えると複雑ではあるが、アナログファンにとっては良い時代である。

2009年5月4日月曜日

MEET THE BEATLES! "ビートルズ!"

ビートルズの日本デビューアルバム「MEET THE BEATLES!(ビートルズ!)」がフリーマーケットで300円で売られているのを見つけて買ってきた。

このアルバムは、1964年に東芝EMIから発売された日本独自の編集アルバムで、 英国オリジナル盤の「PLEASE PLEASE ME」と「WITH THE BEATLES」からの抜粋曲と、英国ではシングル発売のみだった「抱きしめたい」「SHE LOVES YOU」「FROM ME TO YOU」の3曲が収録された、最初期のベストアルバムと呼べる内容だ。

自分がビートルズを聴きはじめた1973年当時、東芝EMIでは英国編集、米国編集、日本編集と曲構成が異なるシリーズでアルバムが発売されており、どのアルバムからそろえていったら良いのか、悩まされたのを憶えている。

日本編集の「MEET THE BEATLES!」は、モノラルで発売されており、疑似ステレオだった当時のアルバムとは一線を画すものだった。
今回入手したのは、オリジナルの Odeon盤ではなくApple盤だが、音質はCDよりも遥かにクリアで、その瑞々しい音を聴いていると、1973年当時の記憶が鮮明に甦ってくる。

A面
1.
抱きしめたい(I WANT TO HOLD YOUR HAND
2.
シー・ラブズ・ユー( SHE LOVES YOU
3.
フローム・ミー・トゥ・ユー( FROM ME TO YOU
4.
ツイスト・アンド・シャウト(TWIST AND SHOUT
5.
ラブ・ミー・ドゥー(LOVE ME DO
6.
ベイビィ・イッツ・ユー(BABY IT'S YOU
7.
ドント・バザー・ミー(DON'T BOTHER ME
B面
1.
プリーズ・プリーズ・ミー(PLEASE PLEASE ME
2.
アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア(I SAW HER STANDING THERE
3. P.S.
アイ・ラブ・ユー(P.S.I LOVE YOU
4.
リトル・チャイルド(LITTLE CHILD
5.
オール・マイ・ラビング(ALL MY LOVING
6.
ホールド・ミー・タイト(HOLD ME TIGHT
7.
プリーズ・ミスター・ポストマン(PLEASE MR. POSTMAN


特筆すべきは「プリーズ・プリーズ・ミー」の別テイクが収められている点で、本テイクとしてCDに収録されている、サビでジョンが笑いを飲み込んで唱っているヴァージョンではなく、シングル盤のテイクが収められているところ。このテイクはアナログ時代のベスト盤(通称、赤盤)にステレオヴァージョンが収録されていたが、現在CDでは聴くことができない。


ヒット曲がいきなり5曲続くA面は、特に聴きごたえ十分で、初期のアルバムの中では一番好きな選曲だ。

1973年当時、日本のビートルズ・コピーバンド、THE BAD BOYS のデビューアルバムが東芝EMIからリリースされていたが、曲構成、ジャケット共にこのアルバムと全く同じ内容だった。ビートルズ解散から数年を経て、日本で誕生したバッドボーイズは、ビートルズ・トリビュート・バンドの先駆け的存在である。

右の写真は、今から20年前にCDで復刻されたときのもの。

2009年5月2日土曜日

Gibson L-47(1941年製)

Gibson の1941年製 アーチトップモデル L-47。1941年といえば、戦火のまっただ中で、真珠湾に日本海軍が奇襲攻撃を行った年でもある。(ヴィンテージ・ギターの世界では、この時代のギターのことを、Pre -War, Post-War と呼んで区別している)。

当時は流行音楽として、ジャズが市民権を得ている時代で、ヒットチャートには、ビリー・ホリディ、グレン・ミラー、ベニー・グッドマンなどの面々が並んでいる頃。

Gibson のギターもこうした時代を反映していたようで、L-47 はジャズのバッキングに最適なバランスでブロックコードが鳴るようにつくられている。

ギブソンのアーチトップといえば、16インチの L-4、17インチ のL-5、L-7などが有名だが、L-30、L-37 から受け継がれたこのギターは、14.75インチと、ひとまわり小振りの設計である。そのためレスポンスの良い、パーカッシヴな響きをもっているのが最大の特徴。

このギターには、米ケンブリッジのカスタムショップによって、Fishman のピエゾPUがインストールされており、エンドピンがそのままジャックになっている。
送られてきたギターをチェックしてみると、大きな改造の跡もなく、PU付きのブリッジ以外は、オリジナルの状態を保っているようだ。

ギターには新品の弦が張られていたが、指板には長年弾かれてついた手垢がびっしりついていた。5フレットから9フレットあたりに集中してついていた手垢が、ブロックコードがたくさん弾かれてきたことを物語っている。当時、ダンスホールのビッグバンドで使われていたであろうこのギターの来歴を想像するのも面白い。

ギターの長年の“憑かれ”をとるために、弦をすべて取り外してクリーニングすることにした。オレンジオイルで指板をはじめギター全体を磨きあげていくと、全体にヴィンテージらしい艶がでてくる。固まっていた手垢も、きれいに拭い取ることができた。

チューニングし直して音を出してみると、最初にサウンドチェックした時とはあきらかに違う音になった。乾燥したアメリカの空気から、湿気の多い日本へと渡ってきたギターには、ただでさえ目に見えない負荷がかかっているはず。
オレンジオイルをギター全体に滲みわたらせることで、木が次第に日本の湿度に慣れてきたのか、乾ききった音に潤いのような響きが加味され、徐々に濁りがとれた透明感のある音になっていく。

Fishman のPUをチェックするために、プラグをつないで Roland の JC-20 から音を出してみると、反応の良い生音とコーラス・サウンドがミックスされて、自然なディレイがかかって聴こえる。これなら、小編成のライブで使っても面白そうだ。

L-47 は、不思議な味をもったギターだ。サウンド的には、L-4 と L-48 のちょうど中間の音とでもいおうか。反応の良さでは L-4 に通じる切れ味を持ち、木の材質にもよるだろうが、L-48 よりも明るいトーンである。ピックよりもフィンガーピッキングで良い味がでそうなギターだ。