2018年4月22日日曜日

はじめてのバイク HONDA リトルカブ 購入記 -3

モノタロウに頼んでいた、リトルカブ初代のシルバーメタリック純正色(スパークリングシルバーメタリック NH-295M)が予定より一週間も遅れて届いた。NH-295Mの缶スプレーはすでに廃番となっており、調合して同色をつくるのだそうだ。

職人による手作業なのでどうしても時間がかかるのは仕方ないのだが、注文から3日以内の発送だったはずなのに、これだけ遅れるとは…ちょっと予想外である。届いた缶スプレーにはホンダのマークが入っていて、純正色であることをホンダも保証している点については安心だ。
さて、さっそく塗装作業に入ろう。塗装がハゲているハンドルの塗装面近くをマスキングテープと新聞紙で丹念に覆っていく。塗装でいちばん大事なのは、このマスキング作業であるといっても過言ではないだろう。

ハンドルまわりで一番気を使うのは、バックミラーやハンドグリップといった突起したパーツである。塗装面に接するウインカーやフロントライトなどはマスキングテープで直接覆い、塗装面からやや離れた箇所は新聞紙を使ってマスキングすると効率が良い。
マスキング作業が終わったら、いよいよスプレー塗装に入っていく。吹き上げをきれいに仕上げるコツは…。

1)塗装面をアルコールを含ませた布でよく吹いておく。
2)スプレーをよく振って塗料をしっかり混ぜ合わせる。
3)塗装面から20〜30cm、噴射口を離して少しずつスプレーを噴射する。

この3つさえ守っていれば、大きな失敗をすることはないだろう。

今回は、塗装ハゲの激しい箇所を重点的に塗装したが、さすがに純正色だけあって、塗料が乾くと元の色と同化して境目はほとんど分からなくなる。

ただし、万が一乾いたときに塗装ムラが出てしまうのはいやなので、ハンドル全体をスプレーすることにした。

スパークリングシルバーメタリックを3回塗り重ねたら充分乾くまで待ち、同じくスプレー式のクリアラッカーを2回吹き重ねる。これでハンドル面の塗装は終了。

次は、フロント・フェンダーである。耐水紙ヤスリで汚れを落とした結果、案の定塗装ハゲができてしまった。

フェンダー全体にシルバーメタリックを2回吹いたあと、クリアラッカーを2回塗り重ねる。今回の作業は、ひとまずこれで終了。とりあえず、一番気になっていた箇所の補修は無事にやり遂げることができた。

他にもリア・フェンダー、リア・サスペンション、リア・ウインカー、チェーンカバー、リムなどのサビが気になるので、少しずつメンテナンスしていこうと思う。

ところで、塗装終了後に鳴らなかったクラクションスイッチの隙間からCRC(KURE 5-56)を吹いた後でスイッチを数回押してみると…電気接点が復活したのだろう、カブ独特のピーッという音がしてクラクションもよみがえった。

まもなく30,000kmを越えようというこのリトルカブ。日常の足として、まだまだ現役なのはもちろん、さらにメンテナンスを加えていって、もっともっと愛着が湧くような、かわいいバイクに育ててあげたいものである。

2018年4月15日日曜日

はじめてのバイク HONDA リトルカブ 購入記 -2

バイクショップを経営する友人が、リトルカブを届けにきてくれた。写真で見ると結構きれいに見えるのだが、実物はハンドルまわりに塗装ハゲがあるわ全体にサビもあるわで、決して良い状態とはいえない代物だった。

とくに塗装ハゲはひどいもので、自分に塗装のスキルがなければ、返品していたのではないかと思わせるくらいのレベルである。下の写真が、届いたときのハンドルまわりの状態。ハゲを隠すためにステッカーを貼っていたらしく、剥がしたあとの接着剤がベッタリと残ったままだ。
当初、塗装のハゲは凹みを埋めたパテだと思っていたが、接着剤を落としていくうちに、これが地色であることが分かった。素材は金属ではなくFRPのような樹脂でつくられており、その上にアクリル塗料で塗装されているのである。

風化した接着剤があまりにも強力でなかなか落ちないので、最後は耐水紙ヤスリを使って削り取るように磨いていくと、なんとか接着剤は落ちたのだが、部分的にメタリック塗装が剥がれ落ちて樹脂の元地が出てきてしまった。
これで塗装の下地ができたので、次は塗料の調達である。リトルカブにはシルバーメタリックとブラックのツートーン仕上げが何タイプかあるようで、後期のものはムーンストーンシルバーメタリック NH-616Mと呼ばれるカラーのようだ。

NH-616Mの塗料を探した結果、もう既製品は売ってないので調合しなければならないことがわかった。同じホンダのライトニングシルバー NH-617Mならまだ入手できると知って、アマゾンで注文したのだが、色見本を見ると微妙に色が濃いように思える。
調べなおしてみると、シート下のガソリンタンクに型式とカラーナンバーが記されたシールが貼ってあることを知った。これで私のリトルカブは、スパークリングシルバーメタリック NH-295Mが純正色であることが分かった。NH-295Mとネット検索するとモノタロウでホンダの純正塗料が売られていたので、結局こちらも注文した。

この他、気になる箇所としてはリアのウインカーにつながるコードが青いビニールテープで接続されていた点。とてもプロの仕事とは思えなかったので、テープを剥がしてみると・・・案の定、金属の芯同士をつないでテープで留めてあるだけというひどい状態だった。ここは接点をハンダ付けして絶縁テープで養生しなおした。そのうち秋葉原で絶縁シールド(ゴム管)を買ってきて完全にシールドしてあげるつもりだ。

1997年製のこのリトルカブ、さすがに21年落ちの中古バイクということで、いたるところにサビやハゲが出ているが、今のところエンジンをはじめ走行に関しては問題ないようだ。走行距離は3万キロなので、これからも整備しながら乗っていく必要がありそうだが、いろいろと手を加えていくのも楽しそうだ。時間をかけて唯一無二のリトルカブに育ててあげようと思う。

はじめてのバイク HONDA リトルカブ 購入記 -1

16歳から免許が取れる原付バイクだが、バイクよりもエレキギターや一眼レフカメラに夢中だった当時の私は、バイクに乗る機会がないまま18歳となり普通自動車の免許を取得した。はじめて乗ったクルマは、白のニッサン・ブルーバード(910型)。

マニュアル車だったこともあり、半クラッチの感覚は体で覚えたので、友人が貸してくれたカワサキのKH400(じゃじゃ馬として有名)も苦労なく乗ることができた。つまりバイクの運転自体は苦手なほうではない。
それ以降、22歳でホンダ・プレリュード(AB/BA1型)、27歳でBMW320i(E30型)とクルマは乗り継いだが、バイクとは縁がないままの人生だった。まさか人生の折り返し地点を過ぎてからバイクに乗ることになるとは自分でも思わなかった。

しかし、小学生の時に映画『大脱走』のスティーブ・マックィーンを観て洗礼を受けた自分にとってバイクに乗るのは憬れだったのも事実。道路が渋滞していても路側を走り抜けられるバイクは仕事の足としても便利そうだ。
フライトジャケットのA-2をカスタマイズしたりしているうちにバイクにも乗ってみたい思いが募ってきて、家人に相談してみると・・・あっさりとOKの返事が!

さっそく「バイクを買うならコレ」と決めていたスーパーカブのカタログをホンダから取り寄せた。しかし、待てど暮らせどカタログが送られてこない。痺れをきらせてオークションを検索してみると、今回購入することになったリトルカブが見つかった。1997年式なので初代モデルのようだ。


落札後、出品者と連絡をとると配送の日時指定はできないとのこと。平日では受け取れないので、ひとまず友人が経営するバイクショップに運んでもらうことにした。

バイクが届くまでの間に、別便で送らてきた譲渡証明書を持って区役所へ行き、ナンバープレートと登録書を発行してもらった。ちなみに区役所での手数料はすべて無料。窓口がすいていたのでたったの5分ほどでナンバーを受け取ることができた。

2018年4月7日土曜日

AVIREXのA-2フライトジャケットにAAFデカールを貼る

メルカリでアビレックスのA-2を見つけた。送料込みで6,300円。値下げと謳われていたので、元は6,800円くらいだったのだろう。サイズはS表記だが、USサイズなので日本サイズのL位だという。

アビレックスのA-2は、過去にもオークションで落札したことがある。裏地のパッチワークに見覚えがあるので、おそらく同じ時代(1970年代?)のA-2で、アビレックスとしてはよく出回っているタイプのものだ。

USサイズなのでサイズが2段階くらい大きいというのはうなずける話で、前のアビレックスも大きすぎて自分には合わず友人にあげてしまった。今回のものはサイズが合いそうだし、ネームプレート付きというのも気に入ったので6,300円で購入した。
革はシープスキンで、これはアビレックスの特徴である。リアルマッコイズやバズリクソンズなどの復刻系A-2ファンから言わせれば、A-2の革はホースハイドでなくてはならず、シープスキンなんて邪道ということらしい。しかし硬い馬革をタイトアップして着るA-2は、何とも窮屈で着心地は決して良いとはいえない。

ホースハイドでも、エアロレザーのハイウェイマンなどは硬いのに着心地が良いので、原型にこだわるよりも適度に着心地を考慮して作られたA-2のほうが自分には合っているように思う。
アビレックスの特徴的なライニングのパッチワーク。A-2ではなく海軍用のフライトジャケット、G-1のパターンを流用して作られているようだ。

両サイドに内ポケットがあり、収納性も考慮した実用的なデザインとなっている。フロントポケットの裏にはハンドウォーミング用のサイドポケットが装備されている点も、G-1譲りのデザインだ。
A-2のライニングは、オレンジ色の生地が縫製され、内ポケットもなしというのが定石だが、ここは好みが分かれるところだろう。

さて、このアビレックスA-2に、AAFデカールを貼るのだが、今回は「水転写式」タイプを試してみることにした。

前回は「熱&水転写式」のデカール(ともにMASHで購入)を使ったのだが、仕上がりにどのような差があるのだろうか。

「水転写式」のほうは、デカールの他に貼り付けに使う接着剤と仕上げ用のコーティング剤が必要となる。作業工程としては、「熱&水転写式」の倍くらい手間がかかるのが難点である。

アビレックスA-2の左腕にAAFデカールを貼り付けた状態。このまま数時間(革質によって乾燥時間に違いがある)放置しておけば、白い接着剤は透明になってデカールも定着する。

この段階は、むやみにデカールには触れず、じっと見守っているのがポイントだ。ウェットな状態のデカールは、非常にデリケートでヒビが入りやすく、表面のよごれを落とそうとスポンジで拭きすぎた結果、見事にヒビが入ってしまった。
接着剤が完全に乾くまでに要した時間は、3時間半ほど。乾いたらデカールをアイロンでプレスして溶着し、その上にコーティング剤を塗り、すぐにドライヤーで乾燥させる。この工程を2回繰り返したら、作業はひと通り終了だ。

気になる仕上がりだが、「熱&水転写式」よりもはるかにこの「水転写式」のほうが定着がよく、革へのなじみ感も数段優れている。「熱&水転写式」のほうは、外枠に沿ってデカールをハサミでカットしなければならず、この段階でどうしてもハサミによるギザが生じ、それが剥がれの原因になってしまう。
その点「水転写式」はあらかじめカットされているのでその心配はないし、仕上げにコーティングを施すので剥がれの心配から解放されるのも大きい。デカールの剥がれが気になってラフに着こなせなくなっては本末転倒だからだ。

「水転写式」のハードルは高く、作業時間も「熱&水転写式」と比較すると3倍ほどかかるので、手間隙を考えると躊躇するかもしれないが、仕上がりも含めた満足度は断然「水転写式」が上である。ちなみに余ったコーティング剤を「熱&水転写式」デカールを貼ったもう一着のA-2にも塗ってみたところ、効果は発揮できなかった。

■AAF 革用デカール - “熱 & 水” 転写式/Full Color(4色)/新品・復刻品 2,000円(税別)
■AAF Decal 革用-水転写式/Full Color(4色)”貼り付け基本キット/新品・復刻品 1,800円(税別)

2018年4月4日水曜日

ESCAPE MINI 3 にルイガノMV用のバスケットを付けた!

エスケープミニに念願のバスケットをやっと取り付けた。AKI WORLDのカジュアルバスケットというもので、ルイガノMV用のフロントキャリアにピッタリ合うように設計されており、専用の取付金具も付いている。

メーカーホームページによると、定価はMVフロントキャリアと同じ2,000円となっているが、アマゾンでの購入価格は3,780円。1,780円も割高なのはちょっと納得いかないのだが、送料をいれるとこれくらいの価格になってしまうのだろう。

取り付けのための説明書などは入っておらず、金具とボルト、ワッシャーがそれぞれ2個ずつ入ってるのみ。はじめは勝手がわからず、バスケットの背面に金具を付けてみたのだが、これではバスケットが真正面にならず、どうもよろしくない。
そこで、すべてを外してバスケット底面に金具を付け替えてみると、今度はバッチリきれいに収まった。

このバスケットは本物の藤ではなく針金を藤のようなビニールで被った素材を編みあわせてできており、そのため雨にぬれても傷まないというのが売りだ。

フロントキャリアとバスケットでおおよそ1.7kg重くなるが、一度でもカゴ付きの自転車に乗ってその便利さを知ってしまうと、もう後戻りできなくなるのではないだろうか。バスケットを付けると途端にママチャリ度が上がってしまうのが難点だが、これでもかなり検討した結果のバスケットなので、当面はこの状態で使おうと思う。

2018年3月31日土曜日

ESCAPE MINI 3 にフロントキャリアを付けた!

愛車のエスケープミニにキャリアを取り付けてみた。ルイガノMV用のフロントキャリアなのだが、ボルトの位置がエスケープミニと同じなので簡単に取り付けることができる。

取り付けの際の注意点としては、ボルトが付属しないので、自分で調達しなくてはならない点。DIYショップで適当なボルトを数種類買って試したところM6×10mmの規格が使えることがわかった。
ただし、キャリアの金具が厚いので10mmだとワッシャーを咬ませるには長さが足りない。ワッシャーがなくても固定はできるのだが、直系12mm以上のボルトにワッシャーを咬ませて固定するのがベストだろう。

※ステンレス製のボルトで固定すると、電位差で自転車側のフレームが腐食するという情報をSNSからいただいた。M6×15mmのボルト(六角 鉄 生地)+ワッシャーの組み合わせにしたらバッチリだった。Oさんありがとう!

このキャリア、ルイガノ取り扱いのヨドバシカメラ新宿店で取り寄せしてもらったのだが、純正品ではないので取り付けは自分で行う必要がある。親切な店員さんのおかげで、税込2,052円以外に送料がかかるところをヨドバシ通販への加入特典で無料配送にしてもらうことができた。

ただし、店舗での注文と現金払いが必要なので、自転車で行ける人か定期券で新宿へ行ける人にしかおすすめできない。ちなみにアマゾンだと送料込みで2,554円也。
キャリアの取り付けがうまくいったので、今度はカゴを取り付けてみるつもりだ。

2018年3月30日金曜日

A-2フライトジャケットにAAFデカールを貼ってみた

桜の季節になると毎年、フライトジャケットを着たくなる。冬にお世話になったダウンジャケットから、フライトジャケットに衣替えするのにちょうど良いのが、桜の季節なのである。

フライトジャケットのなかでも、春秋にちょうど良いのがA-2。着込まれて味の出ているA-2はないかと、オークションを見ているとブランド不明のA-2が目に止まった。さっそく即決価格の税込4,957円で落札。

通常のA-2との違いは、シープスキンである点。A-2は本来ホースハイドなのだが、馬革は硬くて体に馴染むまでに時間がかかるのが難点。実は以前、旧リアルマッコイズのA-2 The Great Escapeモデルを所有しており、着心地の悪さはよく知っている。今回のA-2は、シープスキンなのでやわらかく、その心配はない。
私がA-2と出会ったのは、小学校4年のときにはじめて『大脱走』がゴールデン洋画劇場でテレビ放送されたときのこと。前編、後編と2回に分けて放送された『大脱走』の衝撃は凄まじいもので、スティーブ・マックィーン演じるヒルツ大尉が着ていたA-2は、強烈な印象として脳裏に焼き付いた。

その後、A-2が市場に出まわるのは、1987年にリアルマッコイズの創業者である岡本博氏が雑誌『ポパイ』の特集で300着限定で世に出したのが最初で、それまでは『トップガン』でトム・クルーズが着たG-1がフライトジャケットの定番だった。A-2はながらく幻のフライトジャケットだったのである。
さて、落札したA-2が届いたので細部を見てみると、タグにはたしかにTYPE A-2と縫われているものの、ディテールのいくつかはG-1仕様となっている。ざっと見たところ、以下の点がA-2と異なる部分である。

1)両袖にリブがない
2)ジッパーがプレートではなくワイヤー式
3)左側ポケットにG-1と同じペン用のポケットが内蔵されている
4)両方のフロントポケットにサイドポケットが付いている
6)左右のライナーに胸ポケットがある
一見すると普通のA-2だが、着やすさと実用性を重視してつくられているのがわかる。適度なヤレ具合に長年着込んだ味がでており、ほぼイメージ通りのA-2だったので良しとしよう。実際に着てみると、若干ダボッとした感はあるが、体に密着しすぎないので着心地はいい。

A-2特有のタイトなシルエットがないのが惜しいところ。そこで、少しでもA-2らしくするために、腕章のAAFデカールを貼ってみることにした。使用したのは、大阪のミリタリー専門店『MASH』が発売している、AAF Decal 革用 “熱&水”転写 Full Color というデカールで、送料込みで2,700円のもの。
ホームページに詳しく取り付けマニュアルが載っているので、それを見ながら慎重に作業をしたところ、なんとかうまく貼り付けることができた。ホームページにも載っているが、アイロンとドライヤーは必須である。

写真は、アイロンによる熱転写後、デカールの台紙に水を筆で塗り拡げ、1分ほど放置してから台紙をデカールから取り除いている状態。この後、ティッシュで水分を吸い込ませてからドライヤーでデカール表面を乾かし、そのまま動かさずに2時間ほど放置すれば作業は完了だ。

2時間ほど、そのまま放置すると、デカールはうまく革に定着してくれた。AAF(ARMY AIR FORCE)のデカールが肩に入るだけで、グッとA-2らしい雰囲気になった気がする。

これを着て桜が満開の地元を歩いてみたのだが、3月末とは思えない23℃の陽気だったので、TシャツにこのA-2を着ているだけでもうっすらと額に汗がにじむほどだった。
このデカールによる効果はテキメンで、付ける前と後ではあきらかに周囲の反応が変わった気がするのは自意識過剰すぎだろうか(笑)。旧リアルマッコイズのA-2のときは、革が硬い上に見た目も真新しくてちょっと気恥ずかしさを感じたものだが、このA-2にかぎっては適度なヤレ感があるため体にすぐ馴染んだので、自然な着こなしができて心地良い。

このA-2購入をきっかけに『大脱走』をDVDで見直してみると、マックィーンのA-2は結構しなやかで、そのラフな着こなしぶりからもホースハイドではなくゴートスキン(山羊革)ではないかと思うのだが、いかがだろうか。

2018年3月23日金曜日

笹塚の古本屋で見つけた、映画DVD『ファクトリーガール』

先日、笹塚の十号通り商店街を歩いていたら、古本屋のワゴンセールで『ファクトリーガール』という中古DVDを見つけた。「アンディ・ウォーホルが愛し憧れ、“ロックの神様”ボブ・ディランが曲を捧げた一人の女性」というキャッチが気になった。さらに「60年代の文化を創りあげた二人の男に愛された一人の女性の激しく美しい人生」とある。おもしろそうだったので買って帰った。

アンディ・ウォーホルもボブ・ディランも同じ時代にニューヨークを拠点に活動していたが、この二人には接点のようなものは感じられない。ポップアートの騎手と謳われたウォーホルは1964年、ニューヨークに「ファクトリー」を構え、シックスティーズ・カルチャーの中心にいた。一方のボブ・ディランは、フォークソングで一世を風靡したあと、弾き語りからロックへと移行している時期である。

芸術にポピュラリティーを取り入れたウォーホルに対し、反体制的な歌詞をポピュラー音楽で表現したディラン。文章に書くと一見似た者同士のようにも思えるが、二人が表現していた世界観はまったく違う方向を向いていたのだ。

しかし、二人共1950年代から1960年代にかけてのビート・ジェネレーションの影響を強く受けている点は見逃せない。ウォーホルは、ウィリアムズ・S・バロウズ、ディランはジャック・ケルアックのフォロワーといっても過言ではないだろう。

この二人の一見異なる人生をシンクロさせたのが、映画の主人公、イーディ・セジウィックという女性である。元々、牧場主の名家出身という裕福な環境で育ち、アートを学ぶためにニューヨークで暮らし始めた彼女は、社交界でも注目を集めはじめ、ほどなくしてウォーホルと出会う。ウォーホルはイーディの美貌とセンスに惚れ込み、自作の映画に出演させたり、リヴィング・スカルプチュア(生きた彫刻)としていつも自分と一緒に行動させるなどして、彼女を一躍有名にする。

自由奔放に振る舞うイーディの生き方とそのファッション感覚は、ウォーホルにも創造的な刺激を与え、ゴシップを巧みに使ったパブリシティ効果もあって、時代のミューズへと祭り上げられていった。
そんなある日突然出会ったのが、もう一人のスーパースター、ボブ・ディランだった。常に若手アーティストや有名人に囲まれて毎日がパーティのような日々だったウォーホルと異なり、ディランの私生活はしごく孤独なものであり、それは二人が同時代に表現していた世界観の違いそのものだったといえるだろう。イーディは、そんなディランにも惹かれていき、交際へと発展していく。

この映画は、イーディ・セジウィックの28年という短い生涯を描いた映画だが、後半の痛々しい転落人生よりも前半から中盤にかけての生き生きと輝いている彼女が描かれたシーンに最大の見どころがある。
1960年代中頃〜後半にかけてのニューヨークのアートシーンの雰囲気が映画の美術、衣装、メイクを通じて忠実に再現されており、観ているだけでも楽しめる内容となっている。
同じ時代の映画『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男』も、キャスティングを含めて舞台セットやロケ地、美術、衣装、メイクにこだわってその時代の雰囲気を追体験させてくれる秀作だったが、この映画もまるで本人によるドキュメンタリーを観ている錯覚に陥るくらいによく雰囲気が表現されている。

ウォーホルとイーディのコンビは、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの関係にどこか似ており、同じニューヨークで暮らし始めるジョンとヨーコに少なからず影響を与えたに違いない。

ウォーホルなどのポップアートや1960年代ファッションに興味がある人にはおすすめの映画だ。イーディを演じるシエナ・ミラー、ウォーホルを演じるガイ・ピアースの演技も秀逸で、まったく違和感なくこの時代の空気を味わうことができるだろう。


2018年3月19日月曜日

オオトモ Raychell FB-206R シマノ6段変速をGET!

オオトモの折りたたみ自転車『Raychell FB-206R』を実家用の足としてGETしました。
クレジットカードのマイルポイントがそれなりに貯まっていたので、なにかの商品と交換しようと思って調べてみると、レイチェルの折りたたみ自転車があったので交換しようと思いたったのです。

さらに調べてみると、カード会社で直接商品に交換するよりも、インターネット通販会社のギフト券に交換してから買ったほうがお得なことが分かったので、持っているポイントを全てギフト券に換金して、ネット通販から自転車をGETすることに。

FB-206Rの色はアイボリーを選択しました。特別な思い入れがあるわけではなく、単に見た目の印象で選んだ結果です。注文から3日後に荷物は実家に届きました。組み立て用の工具も付属しており、組み立てもそれほど難しくないので問題はなかったのですが、後輪のタイヤに空気が入っておらず、隣町の自転車屋まで押していくはめに。

実家から押して歩くこと約20分。途中、空気入れを貸してくれそうな店もなく、やっとの思いで自転車屋に辿り着いたのでした。しかし・・・まさかさらなる悲劇が待っているとは (TOT)
この自転車屋の店主が超意地悪で、空気入れは貸してくれたものの、後輪のチューブが外輪からずれているにもかかわらず見て見ぬふり。あせって作業したせいか、空気がかたよって入っていたらしく、走らせると膨らんだタイヤがフレームに干渉してまったく動きません。

背に腹はかえられない・・・とはこういうことをいうのかと思いつつ、悔しさを忍んで自転車屋へ戻り作業してもらったところ、工賃として300円もとられてしまいました(怒)。
こんな苦い思い出から始まった『FB-206R』ですが、乗り心地はまずまずといったところ。普段乗っている『エスケープミニ』と比較すると、ギアチェンジのスムースさもハンドリングも今ひとつです。しかし、1時間ほど乗っていると、だんだん慣れてきたのか、乗り心地については気にならなくなりました。やはり、買い物カゴがあらかじめ付いているのは便利です。実家からよく買い物へ行くショップまで、徒歩25分はかかっていたのが自転車なら6〜7分程度に短縮でき、カゴも付いているのでとてもラクチンです。

2018年3月13日火曜日

ミュージカル『HEADS UP!』を観てきた!

2018年3月9日(金)、TBS赤坂ACTシアターで行われたミュージカル『ヘッズ・アップ!』を観てきた。このミュージカルは、芝居のバックステージをテーマにしたストーリーで、構想から10年を経た2015年に初めて上演されたもの。

今回は「都民芸術フェスティバル」現代演劇公演のなかのプログラムとして、2018年3月2日(金)~12日(月)まで上演された。「都民芸術フェスティバル」には、他にもクラシックオーケストラ、室内楽、オペラ、寄席芸能、バレエ、邦楽、日本舞踊、能楽、現代舞踊などのプログラムがあり、それぞれに抽選でチケットプレゼントという特典が付いている。

このチケットプレゼントに応募したところ、うれしいことに『ヘッズ・アップ!』の当選が決まり、夫婦で芝居を観に行くことになった。ミュージカル映画は何度も観たことがあるが、ミュージカルを生で観るのはこれが初めてのこと。どんな体験となるのかワクワクしながら赤坂へと出かけていった。


芝居は、劇場の管理人役がストーリーテラーとなって始まり、軽快なダンスと歌でテンポよく話が進んでいく。ストーリーの筋は、舞台監督の交代劇を柱とするが、舞台美術の職人3人によるユーモアが全体の流れを引っぱるかたちで話が展開する。

興味深かったのは、芝居の舞台裏には演出家、舞台監督、制作という3人のスタッフが中心にいて、それぞれが別の責任を持つ点を細かく描いているところ。出演者と同様にスポットが当たる演出家とは異なり、舞台監督や制作はあくまでも裏方であり、通常は表面に出てくることはない。しかし、このミュージカルの主役は舞台監督で、さらに裏方の色合いが濃い舞台美術を準主役に据えている。実際の舞台には、この他にも照明や音響、衣装やメイクといった裏方がいて芝居の世界は成り立っている。

私は過去にパナソニック主催による『東京パーン』という汐留にあった劇場で、海外アーティストを招聘して実験的なライブを行う『HI-REAL』というイベントに約3年にわたって携わった。オーネット・コールマン、テリー・ライリー、クリスチャン・マークレイ、サイキックTVといったアーティストのライブ・パフォーマンスと、当時最先端のデジタル技術を駆使した映像、照明、美術、サウンドシステムを総合的にミックスするという、非常に実験的なイベントである。私はこの仕事で制作を担当していた。

コンサートでは、演出家にあたる役目をアーティストやプロデューサーが担うことが多いため、芝居における演出家のような役割は存在しない。また、映画の世界では舞台監督の役目は、助監督が行うことが多く、舞台監督のような役割は存在しない。演出家、舞台監督、制作の三者がそろうのは芝居の世界だけなのだ。

芝居を観ていると、かつて制作を担当したころのほろ苦い思い出が何度もよみがえった。成功したことよりも、冷や汗をかくような失敗のほうが深く記憶に刻まれるもので、舞台で演じられるさまざまなストーリーをなつかしい思いで鑑賞している自分がいた。『ヘッズ・アップ!』の意味については、劇中で重要な場面として描かれているので、ここでは触れないでおこうと思う。

脚本:倉持裕 原案・作詞・演出:ラサール石井 作曲・音楽監督:玉麻尚一 出演:哀川 翔 相葉裕樹 橋本じゅん 青木さやか 池田純矢 今 拓哉 芋洗坂係長 オレノグラフィティ 陰山 泰 岡田 誠 河本章宏 井上珠美 新良エツ子 外岡えりか 大空ゆうひ 中川晃教 ほか

2018年3月8日木曜日

村上春樹氏が住んでいた千駄ヶ谷のマンション -2

村上春樹氏が住んでいたマンションについての続きを書いてみようと思う。

前回の記事では、村上氏の千駄ヶ谷時代を前期と後期に分けて、当時住んでいたと思われるアパートとマンションで住み分けをしたのだが、さらに資料を調べていくと、村上氏は1981年に千駄ヶ谷から千葉の習志野へと引っ越したあと、1984年に神奈川の鵠沼へと移り、さらに1985年にはふたたびこの千駄ヶ谷へと戻ってきていたことがわかった。

前回の記事で村上氏の千駄ヶ谷時代を1977年〜1979年の『プリンスビラ』在住期と1979年〜1981年『外苑パークホームズ』在住期に分けた根拠は、2017年11月に惜しくも閉店してしまった村上春樹氏ゆかりの書店『ブックハウスゆう』店内に展示されていたカーテンのキャプションにある。

『ブックハウスゆう』には、ある記事を書くために取材で訪れたのだが、それから数日後にふたたび行ってみると、なんとその日が最終日だったという奇遇も重なった。
このキャプションには、「村上氏は千駄ヶ谷で最初『プリンスビラ』に住んだ後、隣のマンションへ転居しました。このカーテンは、そのマンションにかけらていたものです」とある。

仮に『プリンスビラ』に4年住み、習志野に3年、鵠沼に1年住んだ後で『外苑パークホームズ』に引っ越してきたのなら「村上氏は千駄ヶ谷を出て4年間別の場所に住んだ後、かつて住んでいた『プリンスビラ』隣のマンションへと戻ってきました〜」と書くはず。これが、1977年〜1981年の千駄ヶ谷在住期を前期と後期に分けた理由だ。
1985年にふたたび千駄ヶ谷に戻ってきた村上氏だが、もう一度『外苑パークホームズ』に住んだかどうかは定かではない。これについては引き続き調べてみるつもりだ。話がややこしくなるが、村上氏の千駄ヶ谷時代は、1977年〜1981年が第1期、1985年〜1986年が第2期ということになる。

さて、村上氏が『外苑パークホームズ』に住んでいたころを偲ぶ貴重な資料が手元にあるので、ここに掲載する。『外苑パークホームズ』分譲時のパンフレット(サマリヤ社)である。
3LDKに約70㎡の広さをもつCタイプの間取りが予想図として描かれており、
村上氏が住んでいた部屋の間取りとほぼ同じものであると推測できる。
このマンションに現在もある一室の窓のどこかに、先ほどの花柄のカーテンがかけられていたのだろう。

左の資料は、外苑パークホームズのエントランスホールの完成予想図である。竹中工務店によってほぼこのパース図どおりに施工され、現在も形を変えずに当時のままの姿で残っている。